[Book] 19 January 2008 はてなブックマーク - 虜人日記と近況 Twitterでつぶやく

虜人日記と近況

揚子江の火力発電所(?)
皆様、あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

この3ヶ月ほど個人的な事情や、仕事の忙しさもありブログを更新していませんでしたが、本日よりまた再開をしようと思います。



▽近況
まずは近況、飽きもせず相変わらず上海に住んでおり、仕事についてもシステム開発に携わっています。
上海在住もすでに2年を越え、日常生活や親しい人との雑談であれば会話には不自由せず、笑い話ができる程度には中国語も上達しました。(だたし、発音となると未だに聞くに耐えないようでよく注意されたり聞き返されたりしますが)
また、あれだけ偉そうに禁煙を宣言してみたものの半年程度で吸い始めることとなり、悪癖を断つのはなかなか大変であり自分の意志の弱さを痛感しています。最近は仕事の関係で頻繁に日本へ行くことが増えました。しかしながら、やはり上海が肌に合うのか、逆に東京が合わないのか上海にいるときの方が心身ともに健康です。


▽虜人日記
虜人日記
さて、タイトルにもあるように最近「虜人日記」を読みました。
以前「JavaからRubyへ」の3章までの感想についてで紹介した"山本七平による「日本はなぜ敗れるのか」"の元ネタになった本でもあります。(これら一連の本は父から貸してもらったもので、なかなかおもしろく読ませてもらっています。)

私は上海に住んでいるということ、オフショアに携わっているということもあり、否が応にも中国人、欧米人をネタに日本の習慣や文化、民族性を考えるわけですが、この虜人日記はすでに記述から半世紀以上経つにも関わらず非常に新鮮な視点を与えてくれます。

虜人日記について軽く紹介をすると、著者である小松真一氏の軍属としての太平洋戦争末期から終戦後の捕虜としての生活について綴った個人的な日記です。彼は軍属と書いてあるように、軍人ではなくいわゆる文官(技官?)として戦争に参加していました。

彼は東京農業大学農芸化学科を出て、エタノールなどのプラント設計や技術指導をする発酵の専門家として軍属となり、科学者の視点で戦争体験を綴っています。
ところが、この戦争体験というものが悲惨というよりも、むしろ冷静な非常に常識的視点で記述を行っているため、不謹慎ながら時にはクスリと笑ってしまいそうになるような内容です。

例えば、昭和19年2月頃マニラでの「和知閣下の印象」のくだりでは、兵隊に自分の身支度をさせている将校を下記のように皮肉っている。

「閣下だって唯の軍人だ。軍人は自分のことは自分ですべきだ。公私混同。国家の干城として召集された兵にエムボタンまではめさすとは、はやあきれ返ったものだ。」

日記ということもあり、当時の正直な著者の感想が記されています。

また、発酵の専門家と言うことで当時のフィリピンでの欧米系のアルコール工場を見学した際の感想もおもしろく

「アルデヒドもフーゼル油も抜かずに酒精の品質を悪くしている。どうせ自動車用だというので平気でいる。したがって蒸留操作は極めて簡単である。神経が太いというか実用向きというか。もっとも、日本人は不必要に神経質で、化学的に純粋でないとなんだか気が済まず、自動車なんぞに用いるのに、不必要なまで手をかけて品質の良い物を造っている。」

これを見るに、ああなるほど日本人というのは60年たっても何も変わらないのではないだろうかと思ってしまうわけです。

中盤にかけては、ジャングルの行軍での体験が綴られていますが、"山本七平による「ある異常体験者の偏見」や「私の中の日本軍」"で語られているような悲惨さよりも、むしろ淡々と事実と感想をしるしていて、逆におもしろくさえあります。
ジャングルでのヒルを餌にした蟹釣りの場面では、

「・・・・餌にするような物は何もないので岩の上で名案はないかと蟹を見詰めていた。・・・・半日も釣れば人馴れしていない蟹は二百匹位楽に釣れる。串に通し焼いて食べれば香ばしく実に美味だ。」

と言った具合です。

もちろん、ジャングルを敗走すること自体はそうとうに非常に悲惨だったようで、登場人物はあそこで足を飛ばされた、行き倒れたなど知人、他人の死が日常として描写されています。
にも関わらず、人間である以上はこの様な局面ですら、感想をもち生活をしているという事実によって面白い日記となっているわけです。

また、中盤から後半では、終戦後の米軍の捕虜としての体験が綴られており、著者がその生活で思考した今後の日本についてを考えた件などは非常に興味深いものがあります。

最後に、なぜ私は「虜人日記」をこうもおもしろく感じたのかを考えてみました。
それは、私の世代が学校で教育された戦争とは、兵隊を個人ではなく日本軍として扱い、当時をまるっと否定、もしくは悲しい出来事として括ることにより、ある種の思考停止状態に追い込むもの(*)であったため、この様な一般人の視点を通して戦争をとらえたことがなく、非常に新鮮に映ったという意味で面白いと感じたのではないかと思います。

* 戦後教育というのは「良いものは良い、悪いものは悪い」という表現により思考を強制的に二元論に追い込むという意味において、山本七平が「ある異常体験者の偏見」において指摘している軍隊的表現の効能と同種の役割を果たしていると思います。そういえば、最近のKY文化も同じですね。


#念のため記しておきますが、私は別に右翼でもなければ軍国主義者でもないので、誤解無きようお願いします。

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